1913 | 青森県弘前市に生まれる。 |
1933 | 東京芸術学校彫刻科入学。鳥海青児の知遇を受ける。 |
1942 | 三国町に居を定め、三国高校の美術教諭となる。 |
1944 | 三国へ疎開していた詩人三好達治と交流。 |
1946 | 同郷の棟方志功と同じ下宿となり、一緒に制作して交流。 |
1953 | ロンドン近代美術館主催による「国際彫刻展」に「無名政治犯」を出品し、日本人で初めて佳作賞を受賞。テートギャラリーでコレクションになる。 |
1957 | フランスのミッシェル・タピエのキュレーションによる「世界・現代芸術展」(ブリジストン美術館)に出品し、タピエは“世界に通じる作品”と絶賛。「今日の新人57人展」(朝日新聞社主催)に「ムチンのY」で新人賞を受賞。 |
1958~ | 南画廊(東京)で数回の個展(1962年まで)を開催。 |
1959 | 第5回「サンパウロ・ビエンナーレ展」に出品。 アメリカの雑誌「LIFE」で「アンチプロトン」が紹介され、ジャンクアート世界の7人に選ばれて、国際的評価が高まり、活躍の場が世界に広がる。 |
1960 | 第30回「ベネチアビエンナーレ展」に出品。建畠覚造、荒川修作、篠田守男、山口勝弘、村岡三郎、昆野恒、向井良吉、毛利武士郎らと「集団現代彫刻」を結成。その後、東京セントラル美術館、ときわ画廊などで個展を多数開催。 |
2001 | 8月急性心不全で三国のアトリエにて死去(88歳) |